風通しのいいお家づくり

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家の中のもやもやを退治したい。

【混合から完母への道のり】⑨ミルク減量と、今更母乳について勉強

1ヶ月検診で「完母でいける」「ミルク足さなくても大丈夫」を言われた私は、2日後に早速トライしてみました。

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検診までは「3時間おき」「直母→ミルク」「ミルクは1回70ml(=1日560ml)」でやっていました。我が娘はあまり食欲がないタイプなのか、空腹のサインを出すことも「お腹がすいたんじゃー!」と泣くこともほぼなく(当時の感想)、基本すやすや寝て3時間で起きてくるタイプでした。

 

まずは直母で飲まし、その後一応ミルク40ml足すことに。ぐびぐび哺乳瓶ミルクを飲みきった娘。よく飲んだねー、終わりだよー。すると。

 

「ほぎゃあああーーーーっ!」

 

大泣きしました。意訳すると、「ミルクもっと寄こせやー!まだあるやろがー!」って感じでしょうか?いやでもミルク足さなくてもいい位って言われたし!

 

しかし泣き続ける娘「ほぎゃああああああっ!」。うぅぅ、駄目だここでくじけちゃいけない!ごめん娘諦めてくれ……「うぎゃああ!」

 

しばらく40mlでやってみようとしましたが、無理無理。50mlに増やしても2時間持たなかったです。でも60mlにしたら3時間寝ちゃう。助産師のKさんに言われた「2時間半くらいになるように調整してみて」と言われてもなかなか難しい……。

 

 

当時の授乳記録を見ると、「泣いてる」「ギャン泣き」の言葉が踊っています。


そう。本当はこんなミルク減量やっちゃいけなかったんですよね。

 

「最強母乳外来」という母乳育児情報のサイトを見ると、急激なミルク減量をやってはいけないと書いてありました。私か。

solanin928.cocolog-nifty.com

 

サイトを読んで大反省しました。というか、私母乳育児についての知識なさすぎたかもしれない……。もともと「母乳が足りなかったらミルク足そう」「母乳育児にこだわって苦しみたくないし」と思っていたために、ざっくりな知識しかなかった私。完母への決意のなさがこんな結果を招いたのか……。

 

とりあえず今からでも遅くないと思い、サイトを片っ端から読み耽りました。そしてミルクを無理に減らさず、まぁでももうちょっとマメに、常に娘をおっぱいにぶら下げてるつもりで頑張ろうと拳を握りしめました。



そこからはもうひたすらに。直母+ミルク、2時間後に直母、1時間後に直母+ミルク、2時間後に直母……みたいな流れで1日を過ごしました。胸が張ってから飲ます、ではなく、とにかく吸わせて刺激することで生産量を増やす。

”今”必要なものに焦点を当てたら、ドレスを手放せた話

最近は授乳の話ばっかり書いていますが、本業?のお家のお片づけも地味に進行しています。今回はやっと踏ん切りがついて、結婚式用のドレスを処分しました。

 

 

以前『バッグは、3つあればいい 迷いがなくなる「定数化」』を読んだ時のこと。「結婚式で着るドレスは1着でいい」と書いてありました。他の本やブログ等でも言われている話ですし、特に目新しい話ではないのですが。

バッグは、3つあればいい 迷いがなくなる「定数化」

バッグは、3つあればいい 迷いがなくなる「定数化」

 

 

しかしずーっと引っかかっていたんですよね、ドレス。

 

持っていたドレスは、元々3着ありました。1着は以前処分したので、2着。赤いチューリップ袖ドレスと、ベージュのキャミソールドレスです。

 

処分しようか悩んだきっかけは、私の中では明確でした。妊娠を機に着れなくなったからです。基本的にドレスはXラインが好きなので、膨らんだお腹が入らない。出産してからも、今度は授乳があるから着れない(結婚式場で搾乳するのにも不便)。4月に結婚式が続いたため、授乳もできる、産前産後対応のワンピースを1着購入していました。年齢的にも、また妊娠するかもしれない。そして授乳するかもしれない。そうなると今までの2着を着られる日は、いったい何年後になるんでしょう?

 

もしかしたら本当に、3年後とかかもしれない……。

 

3年間着られることのないドレス。さて3年後に着られる機会が来たとしましょう。その時に私は、またそのドレスを着たいと思うのでしょうか?

 

今新しくドレスを買うとしたら、恐らくこのデザインは買いません。30代にもなったし。最近はお袖のあるレースのワンピースドレスも沢山あるし。そうしたら毎回悩む肩出しNG!ボレロかショールを着なくちゃならない」問題からも解放されるし。

 

ならば3年間クローゼットの肥やしにするよりも。手放した方がいいかな。そう、やっとこさ決断できました。3年後に着るかもしれないし、なんて考える必要はない。今必要で、今着られる服を、私はクローゼットに揃えたい。

 

 

というわけでお別れです。

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赤いドレス、ベージュのドレス、半袖レースのトップス、サテンのガウン。ここまでは結婚式アイテムです。

 

ついでに同じく”今””しばらく”着ないアイテムを。素敵な青色のお花柄ノースリーブブラウスに、可愛く綺麗な色のお花柄のスプリングパーカー。この2点もお別れします。今着れていないし、また同じものが売っていた時に買うかというと、買わない。とても素敵で今でもときめくけれど、今の私のお買い物基準では買わないものたち。ノースリーブは特に買わないって決めてますしね。

 

 

後ろ2点は、本当に今でも大好きで、見てるだけで幸せになるアイテムたち。でも着ていない。だからこそ処分するかためらっていました。こんまりさんの「ときめくもの」基準だったら残りますからね。でも着ていない。だからこそこの2点は、古着屋さんに持ち込もうかと思います。素敵なお洋服だから、誰かに着てもらえると嬉しいな。

 

 

せっかく針金ハンガーから木製ハンガーに変えたのに、余りが出てしまいました。まぁまた素敵な、ヘビロテできるお洋服に出会えるのを楽しみにしていようと思います。

【混合から完母への道のり】⑥扁平気味な私が直母でいけるようにやったことと、夫に言われた台詞。

娘はしばらく、直母ができませんでした。

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直母とは、「乳首から直接、母乳を飲む」ことです。えぇ、当たり前のこれがなかなかできませんでした。口は真一文字に閉じ、乳首を口につければ仰け反り、頭をぶんぶん振って拒否してきましたからね……。

 

できなかった原因は、4つあると思います。

 

①私の乳首が扁平気味だったから。

陥没、とまではいかないとは思うのですが……慎ましやかに、主張があまりない私の乳首。単純に咥えにくい形状だったようです。泣ける。

 

②哺乳瓶の方が努力なしに簡単に飲めるから。

直母するには、赤ちゃん側にもそれなりの体力を必要とします。一生懸命吸わないと出てこないですからね。対して哺乳瓶のミルクはイージーモード。簡単に飲めるらしく、楽チンな哺乳瓶の方になびいていたようです。

 

③体重が軽く小さい赤ちゃんにはあまり体力がないから。

小柄な子ほど、その傾向があるようです。

 

④本人のやる気がないから。

助産師さんから「これは典型的なお嬢様飲み」「本人のやる気の問題」と言われまくりました。女の子の方がこの傾向は強いそうです。まぁ、少食ってことね。

 

 

それでもなんとか哺乳瓶じゃなくて胸から飲んでほしい……!

 

 

 

私がやっていたのは、ソフトタイプの乳頭保護器の使用です。

Medela メデラ コンタクトニップルシールド Sサイズ

Medela メデラ コンタクトニップルシールド Sサイズ

 

 我が家での別名:偽乳首です。

透明な薄いシリコン?ビニール?でできており、自分の乳首に被せて使用します。本来の使用用途は、乳首に傷ができて痛い時の保護なのですが、産院でお勧めされていたので使用していました。

 

しかし、そう簡単にはうまくいかないんだなこれが……。

 

薄めの素材感が嫌なのか、若干ぺこぺこなのが嫌なのか分かりませんが、割とこれも拒否されていました。ちっ。

 

ちなみに私は知りませんでしたが、乳頭保護器

 

 そこで悩んだ私がやったのは、哺乳瓶の乳首部分を胸に当てるという荒技。

 これを乳首に装着していました。やっていいことなのか分かりません。むしろ本来はダメだと思います。これを乳首に装着して飲ませると、シリコンの中で乳首が吸引される感じになります。空気が抜かれて、若干潰れ気味になるので、正直痛い。

 

でもこっちの方が効果ありました。まずこっちなら娘が咥えてくれる(哺乳瓶と一緒ですからね)。そして副産物ですが、引っ張られ続けて乳首が脱扁平してきました。

 

 

最初は、直母トライ→撃沈してメデラ乳頭保護器(も撃沈)、だったのですが、生後11日目に直母トライ→哺乳瓶シリコンゴム乳首にしました。

 

しばらく哺乳瓶シリコンゴムで飲ませていたんですが……ていうかこれ飲めてんの?という気分になり。始めてから5日後、生後16日目には哺乳瓶シリコンゴム乳首→直母トライorメデラと、途中ですり替える作戦にしました。哺乳瓶で飲んでると思わせてノリノリにさせておいて、という感じ。

 

 

 

実はこの頃、私はさりげなく避けられるのであれば直母トライをしないでいようとしていました。だってやっぱり拒否されるのって嫌じゃないですか。でも哺乳瓶シリコンゴム乳首だと、咥えてくれるんですよ。ぱくって。もうそれだけでどれだけストレス軽減だったか。否定されなくて平穏だったか。

 

でもそうやって言い訳してうじうじしている私に、夫は言い放ちました。

 

「もっと自分のおっぱいに自信を持っていいと思う」

 

言われた瞬間は「そんなこと無責任に言わないでよ!」とナーバスになっていた私は喧嘩腰につっかかったもんでしたが……翌日1人になって、胸に染み入りました。やや吹っ切れて、そして「いやきっと私の母乳ちゃんと出てるし、飲めないのは娘がへたっぴだからだし」と自分の乳首を棚に上げて前向きポジティブになりました。若干ですけどね。

 

16日目にやっと直母で飲んでくれた時は本当に、本当に喜びが溢れました。生まれてから3週間近く経って、やっと。

 

でも残念ながらこの日は気まぐれに飲んでくれただけでした。安定して直母できるようになったのは生後29日目になってからでした。生まれて1ヶ月、よく闘い抜きました。

 

そしてまた次の闘いが始まるのです……。

【混合から完母への道のり】⑤退院してからの孤独な戦い、地獄の授乳タイム

出産5日後、無事に退院した私。タクシーでそのまま実家に帰りました。

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実家に帰って、フルタイムでの赤ちゃんのお世話が始まりました。オムツ、授乳、あやし、寝かしつけ……。私が出産した産院はとにかく母体を休ませること第一みたいな雰囲気だったので、夜間に母子同室をしたのも1日だけでした(しかも同室した日、娘は延々と夜寝ていた)。でも退院したら、24時間一緒です。逃げられません。必死です。

 

 

母乳は消化がいいから、いつでも欲しがるだけ。ミルクは消化が悪いから、3時間置きに。と言うわけで、ミルクを足す私は3時間置きです。1時、4時、7時、10時、13時、16時、19時、22時。これが私の生活サイクル。目覚まし時計をかけて、夜起きて、ミルクを調乳して、授乳トライして、哺乳瓶で飲ませて、搾乳して、哺乳瓶を洗って消毒して、授乳記録をつける。これで1セット。

 

産院では助産師さんのヘルプの元にようやく飲ませられていた私ですが、もちろん実家に助産師さんはいません。自分で飲ませないといけません。いけないんですが……そう簡単に飲んでくれない娘。相変わらず「ほぎゃー!あ゛ー!」と反り返りまくって拒否してきます。そして一文字に閉じられた口をこじ開けるために足裏をぐりぐりしたり、鼻をつまんでみたり。

 

とりあえずむりくり口に含ませるも、飲んで、る?ない?という状況。とりあえずタイマーをかけて左5分、右5分、左5分、右5分。そして哺乳瓶でミルクです。哺乳瓶を見るなりかぶりついてくる娘……。なんか、精神的にじわじわやられてきました。

 

 

 

産院では、食堂で他のママ達とご飯を一緒に食べていたこともあり、前後に出産したママ達とは同士でした。うまく授乳できない、泣きやまない、体がつらい。そんな悩みや不安を吐露したり、楽しい話もしたり。とても穏やかな環境でした。

 

対して実家。子育ての大先輩の母がいますし、父も姉もいる。夫も週に3日は来てくれる。

 

でも、この地獄をわかってくれる人はいない。

 

だって誰も、授乳拒否なんかされてないし。おっぱい近づけたら仰け反って拒絶される苦しみを、わかる人なんていない。あんなに拒絶したおっぱいから一転、哺乳瓶にむしゃぶりついて一気にミルクを飲み干す娘を、可愛いと思えない。自分の娘を可愛いと思えない。でもみんな娘を可愛いって言う。穏やかな笑顔で可愛いって言う。でも母親である私が可愛いと思えない、拒否され続けていて悲しい、泣き続ける娘を泣き止ませられない、眠い、最低、眠い、辛い。

 

ひたすらに寝不足の中、私は苦しい産後を過ごしていました。